內容簡介
內容簡介 二つの「母国」の間から未来に託した文学――没後30年記念出版!“日本で生まれ育った韓国人”として、母語である日本語と、母国語の韓国語、その狭間で揺れ惑う人物を描くことで、言語とアイデンティティの問題を追究し、37歳の若さで急逝した李良枝。創作を通して、二項対立の思考を超越し、現実をあるがままの姿で受け入れる勇気と力を得るまでに変化した李の気づきが、社会の分断が広がる今、大きな意味を持つ。李良枝は自らの内に芽生える差別意識にも厳しい目を向け、あらゆる属性、あらゆる立場に立っている人に当てはまる実存の問題、人間の尊厳を文学で問い続けた。その言葉は、未来に開かれている。韓国、ドイツ、台湾でも翻訳刊行され、没後30年の今年、アメリカで英訳の刊行も決まった。世界からも注目が続く。本書は、李良枝の文学に多大な影響を受けた作家・温又柔が選んだ小説4篇とエッセイ3篇を、李良枝の思考の流れがわかるように構成し、温又柔の詳細な解説と年譜を付した決定版。李良枝文学の今日的意義を、未来の読者に向けて伝える貴重な一冊。「何らかの『基準』や『規範』から外れた者にとって、ますます苛酷になりつつある現代の日本で、この世界のこわばりを解きほぐす勇気を促す力が李良枝の文学にはある」(温又柔) 日本と韓国――二つの「母国」の間で揺れ惑う個人の苦悩と葛藤を文学に昇華した作家が未来に託した小説とエッセイ。
作者介紹
作者介紹 李良枝作家。1955年3月15日、山梨県南都留郡西桂町に生まれる。父親は40年に済州島から日本へ渡ってきた。64年、9歳の時に帰化し、田中淑枝が本名となる。高校生の時に日本舞踊と琴を習う。75年、早稲田大学社会科学部に入学、この頃から韓国語を学習し、伽?琴と韓国舞踊を習い始める。早稲田大学を中退した後、荒川区のサンダル工場で働く。80年、初めてソウルに行き、巫俗舞踊を見て衝撃を受け、習い始める。81年、ソウル大学国語国文科入学。ソウルで知り合った中上健次に小説を書くことを勧められ、82年、「ナビ・タリョン」を『群像』に発表、芥川賞候補に。84年、「刻」を『群像』に発表、芥川賞候補。88年、ソウル大学を卒業。89年、「由熙」で芥川賞受賞。同年3月、梨花女子大学舞踊学科大学院修士課程入学。91年、大学に通いながら「石の聲」の執筆を始める。92年、日本へ戻り「石の聲」の執筆に専念する。5月22日、急性心筋炎のため死去。享年37。2000年、山梨県立文学館の常設展示室に李良枝コーナーが設置される。著書『由熙 ナビ・タリョン』(講談社文芸文庫)、『ことばの杖 李良枝エッセイ集』(新泉社)など。温又柔作家。1980年、台湾・台北市に生まれる。3歳の時に家族と東京に移住し、台湾語混じりの中国語を話す両親のもとで育つ。2006年、法政大学大学院・国際文化専攻修士課程修了。李良枝の文学と出会い本格的に作家を志す。09年「好去好来歌」ですばる文学賞佳作を受賞しデビュー。11年『来福の家』(集英社、のち白水Uブックス)を刊行。16年『台湾生まれ 日本語育ち』(白水社)で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。17年『真ん中の子どもたち』(集英社)、18年『空港時光』(河出書房新社)、19年『「国語」から旅立って』(新曜社)、20年『私とあなたのあいだ――いま、この国で生きるということ』(木村友祐との共著、明石書店)を刊行、『魯肉飯のさえずり』(中央公論新社)で織田作之助賞受賞。